ローカライズとは
ローカライズ(ローカライゼーション)とは、ある国で作られたサービスやコンテンツ、ゲームなどを、別の地域でも利用できるように適応させることをいいます。local(ある地域)にize(~化させる)という言葉の成り立ちからも、意味が理解できますね。
ローカライズと翻訳の違い
では、ローカライズは翻訳とはどう違うのでしょうか。
ローカライズとは先にも書いた通り、コンテンツを地域に合わせて適応させることです。この工程は言語に限りません。例えばMetaやAppleなどの大手IT企業のアプリデザインでは、アラビア語設定にした時に日本語設定の時と比べてボタンの位置が左右逆になっているようなことがあります。これはアラビア語が右から左へ読み進める言語だからですね。
一方で翻訳とは、テキストを他の言語で表現することを指します。ある言語と別の言語の間の移行を指す言葉で、基本的には元の文の意図を変えずに別の言語に置き換えることをいいます。
とはいえ、「ローカライズ」が言語の置き換えに言及することもありますし、翻訳には「符号やわかりにくい言葉、特殊な言葉などを一般的な言葉に直すこと(*)」も含まれるので、「ローカライズ」と「翻訳」が言及する行為や工程に重なる部分はあると思います。
* 参考:「翻訳」-コトバンク )
しかし、ゲームに限って考えると、「ローカライズ」はUIデザインやビジュアルアート(もちろん言語)も含む、特定の地域を考慮した変更で、「翻訳」は言葉を別の言語で表現すること、というイメージを持っておいていただければ良いかと思います。
本記事では、ゲーム内の言葉のローカライズに重点を置いて、ローカライズとはいったい何なのかを紐解いていきたいと思います。
ゲームローカライズの目的はプレーヤーに楽しんでもらうこと
皆さんは、ゲームが何のためにこの世に存在するのか考えたことはありますか?筆者自身いちゲーマーとして、個人的な意見を語り出すときりがないですが、一般的にゲームは娯楽・エンタメに分類されるコンテンツですよね。そこからもうかがえるように、ゲーム制作の一番の目的はプレーヤーに楽しんでもらうことだと思います。プレーヤーに不満や不便さを感じることなく楽しんでもらうゲーム作りの一助を担っているのがゲーム翻訳(ゲームローカライズ)です。
文化を踏まえた翻訳が必要
ゲームのローカライズには、ゲームが制作された地域の文化への理解と、輸出先の文化への理解が必要になります。例えば、2020年7月に発売された『Ghost of Tsushima(ゴースト・オブ・ツシマ)』はこれまでのローカライズの域を超えたローカライズが施されていると話題になりました。『Ghost of Tsushima』は英語で制作された、日本を舞台としたゲームです。英語版ではYuriko (*1) と呼ばれる乳母がいるのですが、舞台となっている時代には乳母に「子」がつく名前をつける習慣がなかったらしく、日本語版では「百合」さんという名前になっています (*2)。
他にも任天堂の『あつまれどうぶつの森』では「タコさんウインナー」が「apple」と訳されているような例もあります (*3)。
このように、ローカライズをする際には元の言葉が依存する文化と、その輸出先の文化のオーディエンスを頭に描き、その人たちが障壁なく楽しめる言葉を選ぶことが重要になります。
*1 Yuriko (百合)– Ghost of Tsushima Fandom
*2 「[CEDEC 2021]「Ghost of Tsushima」のローカライズで得た6つの教訓を紹介。え,政子殿が怒りまくっているのは日本版だけ?」– 4Gamer.net
*3 「文化に合わせた翻訳を生み出すために」 – 任天堂
ローカライズが招きうる問題
輸出先の文化について配慮が足りていないことで問題が生じることもあります。2021年に、『鬼滅の刃』の竈門炭治郎の耳飾りが旭日旗を連想させると韓国で非難を浴びたことがありました。アニメやゲームなどのコンテンツを海外展開する際の、各国の文化や風潮を考慮したローカライズの重要さがうかがえます。
参考:「韓国版『鬼滅の刃』デザイン変更は適切だったのか? “現地化”の課題」 – ORICON NEWS
ゲームローカライズの面白さを体験しよう
ローカライズについての知識が深まったところで、ゲームローカライズの例を見ていきたいと思います。
Lv. 1:アイテム名の和訳を考えてみる
まずは、「Excalipurr」というアイテムがあると仮定してその和訳を皆さんも一緒に考えてみましょう。
これは実はドラクエのあるアイテムの英訳版で、他のゲームでも使われていることがある造語です。アーサー王伝説に登場する有名な剣「Excalibur(エクスカリバー)」と、猫がゴロゴロと喉を鳴らすという意味の「purr」が合わせられた単語です。
猫がテーマ、もしくは猫が拾うことのできるアイテムとして、このアイテムの和名を考えてみてください。
どうでしょうか。思い浮かんだでしょうか。
筆者は「エクスカリニャン」「パンサー王の聖剣(愛剣)」「ニャンコカリバー」などを考えました。正解なんてないですね。実際の案件の場合だと、色々と頭の中で遊んだ後、ゲームの世界観やキャラクターなど他の要素とも合う言葉を選んで納品します。ちなみにドラクエに出てくるExcaipurrの元の日本語は「魔剣神レパルド」です。
余談ですが、オンラインマルチプレイができるタイプのゲームの場合、アイテム名や場所の名前が言語ごとにまったく異なると、海外のプレーヤーと協力プレイをする際に不便だという声を耳にします。確かに、リアルタイムでチャットでやり取りをしている時に対訳集を調べるのも時間がかかってしまいますし、日本語からもある程度は英語が想像できそうな、少なくとも並べて見た時に「あぁアレのことね」って思えるくらいの和訳が適切な場合もありそうですね。
Lv. 2:ラップ詞の訳
翻訳をしている際に、ゲームの登場キャラクターが(そんなキャラじゃなかったのに)突然ライムを刻み始めて頭を抱えたことがあります。その時は、元の文の意味をまず考えて、音の効果(韻)を考えて、他にはそのキャラクターが言うとすればどんな言葉なのかを考えて頭をひねりました。興味のある方は、ぜひご自身の好きなラップ詞で韻を踏んだ和訳に挑んでみてください。
Lv. 3:言葉遊びの訳を考えてみる
ゲーム翻訳者がローカライズをする中で楽しさとやりがいを感じる要素の一つとして、ダジャレや言葉遊びがあります。元の言語でダジャレやことわざをもじった表現がある場合は、できる限りその要素を訳文側でも表現できるよう、日々様々な言葉を探索しています。
例として、SteamとNintendo Switchでリリースされている養蜂シミュレーションゲーム『APICO』のスプラッシュテキストを見てみましょう。Minecraftをプレイする方はおわかりかと思いますが、スプラッシュテキストとは、ゲームのスタート画面に表示される短いテキストのことで、内容は開発者の独り言やちょっとしたヒントのようなものが多いです。
2023年9月にアップデートされた、海バイオームに関するスプラッシュテキスト「Plenty more bees in the sea」について考えてみましょう!
APICO – 英語のスタート画面(左上にスプラッシュテキストが表示されています)
まずは元の英語テキストを読み解いてみます。英語には「Plenty more fish in the sea」というイディオムがあります。直訳すると「海の中にはまだまだたくさんの魚がいる」という意味で、「世の中にはいい人がもっといるよ」と言いたい時に使われます。パートナーとの関係性に悩んでいる友人にかけたりする言葉です。そのイディオムを、養蜂ゲームらしく「bees」に変更してあるテキストということです。
日本語版では、「巣の中のハチ大海を知らず」と訳されています。
APICO – 日本語のスタート画面
言わずもがな、これは「井の中の蛙大海を知らず」という成句にアレンジを加えた表現ですね。原文の字義通りの意味とはズレが生じていますが、「もっと知るべき世界があるよ、と解釈できる」「誰もがピンとくるイディオム」「海バイオームのことを思い浮かべられる」「ハチ」などの要素を盛り込んだ日本語になっているかと思います。
ゲーム翻訳(ローカライズ)にChatGPTを使ってみる
実はレベル1のExcalipurrの和名を考えた時、ChatGPTに手伝ってもらいました。和名に盛り込みたい要素として「エクスカリバー」「アーサー王」「猫」などを思い浮かべ、ひとまず「猫」から連想できる単語を出してもらったのです。
※ChatGPTを利用する際には、秘密保持契約(NDA)で保護されているテキストやその他の機密情報は入力しないよう注意しましょう。
ChatGPTからの返答の中に「パンサー(黒い猫など、一部の特定の猫を指すことも)」があり、アーサーと韻を踏めることから「パンサー王の聖剣」が浮かんだわけです(浮かんだというか組み合わせただけに等しいですが)。
このように、ChatGPTはブレインストーミングをするのにとても役立ちます。類語だけでなく連想できる単語を出してきてもらえるのはありがたいですね。他にも、Lv. 2で見たような韻を踏む言葉を考える時なんかも有効活用できそうです。
おわりに
ローカライズとは、コンテンツを特定の地域に合わせて適応させることです。本記事ではゲームのローカライズを言葉に重点を置いて見てきました。ゲーム翻訳者は、自分が翻訳する言語のプレーヤーが不快に感じることなく心からゲームを楽しめるよう、日々自分自身も楽しみながらあれでもない、これでもないと言葉の世界を探索しています。ゲーム翻訳に興味がある人、ローカライズに興味がある人にとって、本記事が少しでも役に立てていれば幸いです。
この記事の執筆者:八楽株式会社ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。