2023 年 11月 27 日
【コラム】翻訳における「正確さ」について考えてみる
誰もが自動翻訳を利用する際に、正確な翻訳文を出してほしいと考えると思います。
でも、翻訳文の正確さって一体何なのでしょう?元の文の単語が漏れなく訳文に反映されていること?読みやすく自然な訳文であること?元の文と意味が同じであること…?そもそも言語が違えば、その言語使用を支える文化も異なるはずで、訳文に元の文とまったく同じ「意味」を持たせることはできるのでしょうか…?
本記事では、翻訳の品質を評価する際によく用いられる基準を用いて、翻訳の要素を細かく分けて考えてみたいと思います。本記事が、仕事で自動翻訳を使用する際、ご自身の翻訳タスクで譲れない点は何なのか、優先すべき事項は何なのかを考える際の一助となれれば嬉しいです。
よく語られる「正確さ」とは
ここから正確という言葉をしつこいほどに使うので、形式として言葉の定義を確認しておきたいと思います。
【正確(せいかく)】 …正しくたしかなこと。(広辞苑)…正しく確かなこと。事実と合っていて少しもまちがいのないこと。また、そのさま。(goo辞書) |
上記定義を踏まえて、みなさんは次のどの文が「正確な翻訳」だと思いますか?
“It matters not what someone is born, but what they grow to be.” どのように生まれついたか、そしてどう成長するかが大切です。どのように生まれついたかではなく、どう成長するかだ。大切なのは、どのように産まれついたかよりどう成長するかだ。大事なのはどのように生まれついたかではない、どのように成長するかじゃ。 |
1の訳文は英文が“not”で否定している「どう生まれたか」という部分も肯定文で表しているので、そもそも内容が間違っています。これでは正確とは言えませんね。
2の訳文は、原文でいう“It matters”の部分が反映されていません。原文の意味が漏れているので、これも正確とは言えなさそうです。
3の訳文は、意味は合っているかと思いきや、「産まれる」の漢字が間違っています。「産まれる」は、母体から新しい命が出てくる瞬間に焦点を当てる表現なので、原文が意図する意味とはズレがあります。
さらに、ハリーポッターファンの方ならお気づきかもしれませんが、実はこれはダンブルドア校長のセリフです。4の訳文は、話し手の口調も考慮されていて、なおかつ内容にも間違いがない訳文ということになります。
翻訳業界でしばしば用いられる、翻訳品質の基準に照らし合わせると、上記1、2の例文は「正確さ」に欠ける文、3、4の例文は「正確さ」は保たれた文ということができます。
JTF(日本翻訳連盟)が定める項目
ここからは、JTF(日本翻訳連盟)が提示する「JTF品質評価ガイドライン」を参考に翻訳の正確さについて考えてみたいと思います。
JTF品質評価ガイドラインは、翻訳の品質を客観的に評価することを目的に作成されたもので、複数のエラーカテゴリ―が提示されています。エラーカテゴリーの一つ目に記載されているのが「正確さ(Accuracy)」です。定義としては、「原文の情報や意味が訳文に過不足なく盛り込まれているかの程度。対訳での確認が必要となる」と書かれています。
先ほどの例にあてはめて考えてみると、1の例文では原文と訳文の意味が異なるため、また2の例文では訳文に意味の不足があるため、正確さに欠ける訳文だと判断することができます。
また、エラーカテゴリ―の2つ目の項目として挙げられているのが「流暢さ(Fluency)」です。JTF品質評価ガイドラインには、「あるテキストが形式として整っているかの程度。主観的な読みやすさというより、文法など形式面に注目する」とあります。誤入力や誤字、文法誤りがここに分類されます。つまり、例文3の漢字の変換ミスはこのエラーカテゴリーに分類されます。
さらに、4つ目の項目には「スタイル(Style)」が挙げられています。ここでいう「スタイル」は、である調とですます調など、文章の様式を指します。例文3の「どう成長するかだ」と例文4の「どのように成長するかじゃ」の違いはこのスタイルという項目をもって語ることができます。
まとめ——翻訳における正確さとは
「正確さ」の他にも翻訳を評価する軸がさまざまあることを見てきました。「正確な翻訳」と一口に言っても、色々と考え得る要素があることがおわかりいただけたのではないでしょうか?翻訳業界では翻訳の品質が正確さ以上に細分化されて定義されているのです。
とはいえ翻訳サイトや翻訳サービスのウェブページなどで用いられる「正確な翻訳」という文言は、例えばダンブルドア校長のセリフだということも考慮した上での「正確」な翻訳、つまり品質評価ガイドラインでいうところの流暢さやスタイルも包括する意味で「正確」と謳っていることもあるかもしれません。
いずれにせよ、本記事を読んでくださったあなたが、翻訳のことを少しでも解像度高く見られるようになっていれば嬉しいです。
この記事の執筆者:Yaraku ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。